住まいに愛着をもつ住まい手とつくり手を取材する『WE LOVE THIS HOUSE』。
今回訪れたのは、職人の技が息づく『熊野筆』の産地として知られ、豊かな自然と伝統が共存する広島県安芸郡熊野町。この地へ昨年7月に引っ越してきたHさん家族(旦那さん35歳・奥さん33歳・息子さん4歳 )の住まいは、延床面積102.15㎡の平家の一軒家。旦那さんの祖父母が住んでいた築70年の家をリノベーションし、大切に住み継いでいます。
記事では、昔の面影を残しつつ性能を高めたリノベーションのポイントや、家の中心となるLDKの話、少しずつ慣れてきたこの家での暮らしぶりについてなど、Hさん夫婦と、家づくりに携わった『きよかわ』の清川創史さん、清川太視さんにお話を伺いました。


山々に囲まれた標高約230mの高原盆地に位置する熊野町。豊かな自然に恵まれながら、広島市中心部へも車で約30分とアクセス良好。地域には歴史ある大きなお屋敷も多く、Hさん宅のように立派な門塀を構えた家も点在する。
思い出を残しながら、
リノベーションしていく
この家はもともと旦那さんのお祖父さんと、お祖母さんが生前暮らしていたお家なのだとか。
旦那さん:そうなんです。実家が目の前にあるので、小さな頃からよく遊びに来ていました。最近までは仕事の関係で茨城に住んでいたのですが、5年前に祖母が亡くなり、この家が空いたのをきっかけに地元広島へ戻ることを決めました。
リノベーションで特に苦労したのはどんな点でしたか?
旦那さん:一番悩んだのは、住宅会社選びでした。祖父母の家は築70年の古民家。祖父は庭師であり、家づくりにも関心が深い人でした。この家は、祖父が自分の山から切り出した木を馬で製材所まで運び、その木材を使って建てたんです。たくさんの思い出が詰まっているので、できれば壊さずにリノベーションをして住み継ぎたいと思っていたのですが、どの住宅会社さんからも建て直しを勧められるばかりで...。そんな中、きよかわさんだけが自信を持って高性能リノベーションが可能だと言ってくれたんです。
創史さん:正直、施工する側としては、一度壊して新築にする方がずっと簡単なんです。でも、旦那さんからこの家への想いをお聞きして、どうにか受け継ぎたいと僕たちも熱くなりました。
太視さん:私たちは大工工務店で、社員全員が大工です。ご依頼を受けて、すぐ天井と床下に潜って、中の構造体を確認したところ、とても立派な木材が非常に状態良く残っていました。これならリノベーションでいけると確信しましたね。
創史さん:高性能リノベーションは見た目をきれいにするだけではなく、断熱性・気密性・耐震性・省エネ性・快適性といった、住まいの性能もしっかり向上させる改修。特に古民家の気密性を高めるには、大工の高度な技術が求められます。私たちは増築やリノベーションにも対応できるよう、普段から工場生産されたプレカット材は使わず、ノコギリやノミ、カンナを使い、大工が一本一本手作業で加工する“手刻み”の家づくりにこだわってきました。これは木の個性を見極め、細部まで正確に加工を施すためでもあります。Hさん宅は築70年の古民家だったので、建物のゆがみや傾きを丁寧に補正しながら再生していきました。




外壁には焼き杉を張り、玄関扉には『ユダ木工』の断熱性の高いドアを採用。リノベーションでは、建物の外周に耐力面材を施しゆがみを補正し、耐震性を向上。新たに追加した柱には、ベンガラにススを混ぜた塗料を塗り、既存の柱と色味を馴染ませた。
日本庭園や古材と調和する、
洗練されたリノベーション空間に
どんなことをテーマにリノベーションを進めましたか?
旦那さん:存在感のある厚鴨居や、外の日本庭園と調和するデザインをリクエストしました。
創史さん:もともとは古民家によく見られる田の字型の間取りでした。しかし、お庭の素晴らしさを最大限活かせるよう、LDKは一体的なプランをご提案。Hさん宅は家の周り全方位に緑が植わっていたり、庭具があるため、それも活かせるようにさまざまな方向に窓を設置しました。
奥さん:初めてご提案いただいた手書きのパース図がとっても開放感があって素敵で、すぐに心を掴まれました。それまでは、正直なところ『新築がいいな…』と思っていたんです(笑)。でも、『こんなに素敵な家になるなら住んでみたい!』と気持ちが変わりました。打ち合わせ時に訪ねた事務所もとても素敵な木の空間で、私たちの古民家リノベとも相性が良いと感じ、安心しておまかせできました。
創史さん:奥さまが希望された新築の洗練感と、立派な木材が残るこの家のポテンシャルを活かすこと、その両方のバランスを大切に考えました。また、新しく取り入れる建具や柱も既製品は使わず、空間に馴染むようオリジナルで製作しています。



「我が家はどこにいても窓が見えて、この開放感が気持ちいいです」と、旦那さん。
日常がちょっと特別になる、
お気に入りの場所
ご夫婦それぞれ、気に入っている場所はどこですか?
旦那さん: まずひとつは、R天井の寝室です。他の部屋よりも天井が少し低めで、こもっている感じがあって落ち着くんです。
太視さん:天井を解体してみたところ、存在感のある太鼓梁が出てきて、『これはぜひ見せたいですね!』と現場で盛り上がりました。ただ、その上の構造体がかなり複雑だったので、上部は目隠ししつつ、できるだけ天井高を確保するためにR形状で仕上げることに。天井の角度は、担当大工が現場で細かく測りながら上手く納めてくれました。
旦那さん:もうひとつ、ヒノキの浴室もお気に入りです。まるで温泉に来たような気分になれて、つい長湯しちゃいます。木の変色に配慮して、一番水がかかりやすい壁には、十和田石を張ってもらいました。お手入れも特別な手間がかからず、とても快適ですよ。
奥さん:私はリビングにいる時間が好きです。家族が揃っているときはみんな自然とリビングに集まります。中でも私が気に入っているのが、畳コーナー。ビーズクッションを置いてごろごろしながらテレビを見たり、子どもと遊んだりできる、落ち着く空間です。



R天井の寝室。「ベッドに寝転ぶと、低めの窓からちょうど奥の竹林が見えて素敵です。また、視線を下に移すと、祖父が手がけた小さな庭園も望めます」と旦那さん。浴室はカビ対策を徹底。脱衣室側にエアパスファンを開口したことで、2〜3時間で素早く乾燥するそう。
畳コーナーは、壁や天井の仕上げも特徴的ですね。
創史さん:ここはとことん和の空間にしようと考えました。天井には葦簀(よしず)をあしらい、壁には炭を混ぜた珪藻土を団子状にして投げつけることで、自然な風合いを生み出すドイツ壁という工法を採用しています。
奥さん:座って寄りかかる壁には、ゴツゴツしないようベニヤ板を貼ってもらいました。子どもたちも安心して遊べる、心地よい空間になっています。


リビング横の畳エリアは、和の趣きを感じさせる空間。 畳は国産のイグサを使うというこだわりも。
昼は心地よい空気に包まれて、
夜は柔らかな灯りに癒される
この家に住み始めてから、日々のライフスタイルにはどんな変化がありましたか?
旦那さん:エアコンを使う機会が格段に減りました。夏は日差しが直接入らないよう設計されているため、エアコン1台で家中涼しくなります。冬になると日射取得ができて、朝10時から夕方17時頃まではエアコンなしでも暖かく過ごせます。ここ熊野町は冬になると雪が降るほど冷え込む地域ですが、晴れた日には暖房なしで室温が27度まで上がることも!逆に窓を開けて涼むぐらいです(笑)。今年のお正月、親族が集まった際も、夜までエアコンなしで過ごせてとても驚かれました。
奥さん:冬は、帰宅したときエアコンがついていなくても、空気がほんのり暖かくて心地いいんですよ。私の実家も、リフォーム前のこの家と同じように古い造りなので、まだ遊びに来ていない両親に、高性能リノベの素晴らしさを早く体感してもらいたいです(笑)。
1日の中で、特に好きな時間はいつですか?
旦那さん:夜です。上質な素材が活きる空間デザインに加え、電球色の照明の効果も相まって、とても落ち着くんです。最初は『暗すぎるのでは?』と少し心配でしたが、今はこの照明の柔らかさが心地よくて、ちょうどいいです。
創史さん:一般的な日本の家では、天井に大きなシーリングライトがついていますよね。あれは部屋全体を均一に明るくするため。でも、きよかわでは、あえて天井に照明をつけすぎずに設計しています。部屋の中に明るい場所と暗い場所のコントラストがあることで、より落ち着いた空間になるんです。一度過ごしてもらったら、その心地よさに納得してもらえるはずです。
奥さん:我が家の壁はすべて土壁なので、照明が当たったときの陰影がとても素敵なんですよ。これは、壁紙では味わえない魅力ですね。



木の温もりとやわらかな光が調和する室内は、家族が思い思いにくつろげる心地よい場所に。キッチンの裏には、家事の合間にひと息つける“ミセスコーナー”を設けた。「外からの視線が届きにくい場所にあり、気兼ねなくのんびり過ごせる空間をつくれたらと思い、提案させていただきました」と創史さん。
大切に手をかけながら、
愛され続ける住まいへ
創史さん、今日は取材の合間にちょっとした修理もされていましたね。
創史さん:棚の一部が外れてしまったとご連絡をいただいたので、修理していました。収納扉のズレなど、日々の暮らしの中でどうしても生じてしまう不具合はありますが、そういった部分は無料で対応しています。定期点検の際にも、気になるところを一緒に直したりしますね。うちは社員全員が大工なので、状態を確認したその日にすぐ修理できるのも強みです。
奥さん:修理してもらうと、さらに我が家を大切にしようと思えます。無垢の杉の床も、凹みが気になったときには、自分たちでスチームを当ててアイロンで修復してみたり。手をかけながら暮らすことで、自然と愛着が深まっていくのを感じます。
旦那さん:この家は、もしおじいちゃんやおばあちゃんが住んでいても、きっと違和感なく馴染む空間だと思うんです。年齢を重ねても変わらない、居心地の良さがあります。これからも大切に長く住み続けたいですね。
創史さん:そう言っていただけるのは、本当にうれしいです!“家を建てること”だけでなく、“家を守っていくこと”も、私たちの大切な仕事。これからも何かあれば、いつでも気軽にご連絡くださいね。



取材の合間にも建具を点検していた創史さん。点検をしながらその場で手直しができるのは、住まいを手掛けた職人だからこそ。
これから、どんな暮らしが楽しみですか?
旦那さん:もともとこの家は、祖父母の代から人が集まる場所でした。今年のお正月は両親や叔父、その子どもたち、さらにその子どもたちまで含めて、約20人の親戚が大集合!家中が賑やかな笑い声に包まれました。これから先も、70年、80年と長く愛され続ける家でありたいですね。



幼い頃、従兄弟たちと遊んだ記憶を思い出しながら、「この庭が息子の遊び場になると思うと感慨深いです」と語る旦那さん。もともと孤立していたキッチンは、ダイニングに開かれた場所へ移動。備え付けの棚はすべて職人による造作。世代を越えて住み継がれる家は、思い出を抱えながら、今の暮らしに合わせてアップデートされていた。
文:北居る奈
写真:佐々木孝憲
VOICE FROM HOMEBUILDER
私たちが大切にしているのは、現場に立つ大工の“気づき”や“ひらめき”が活きる家づくりです。図面では捉えきれない、ほんのわずかな違和感や納まりの工夫こそが、住まいの心地よさにつながると考えています。素材に触れ、その表情を読み取りながら、その場でどう仕上げるのが一番良いかを判断する——そうした感覚は、手を動かす者にしかわからないものです。そして私たちは、つくり手である大工が住まい手と直接会話をし、想いを重ねながら一緒につくり上げることも大切にしています。顔が見える関係のなかで信頼を築きながら、一棟一棟、丁寧に。そんな家づくりを、これからも続けていきたいです。(きよかわ 清川 創史さん)
株式会社きよかわ
手仕事を磨いた社員大工が建てる、
細部にまでこだわった、上質な木の家
広島県広島市に拠点を構える大工工務店。大工自身が住まい手と直接会話をし、想いを共有しながら、心地よい住まいを形にしていく。現場での大工の気づきを大切にしているからこそ、図面だけでは見えない細部にまでこだわる家づくりを実現している。“建てて終わる”ではなく、“住み続けるほどに愛着が深まる”家を目指し、何十年先も修繕ができる、人の手による丁寧な仕事が四代目まで受け継がれている。今では“腕の良い大工に家を建ててもらいたい”という住まい手の願いに応えるため、次世代の大工の育成にも力を入れる。また、本社裏にある古い倉庫を購入・改装し、自社の木材加工場として活用。木材の選別・加工・保管から、実際の建築現場で家を建てる大工仕事まで、すべてを自社で一貫して行うことで、より確かな品質と柔軟な対応を実現している。




VOICE FROM MEDIA
築70年の古民家を、祖父母の想いを受け継ぎながら、自分たちの暮らしに合う住まいへと再生したHさん家族。取材を通して感じたのは、家はただ暮らすための場所ではなく、人や時間、思い出を“つなぐもの”なのだということ。祖父が自らの山から切り出し、手間を惜しまず運んだ木材は、今も柱としてこの家を支え続け、かつて旦那さんが遊んでいた庭では、今、息子さんが笑顔を弾ませている。その風景に触れたとき、家は“住まう”ことの先にある、記憶や関係の積み重ねを包み込む場所なのだと、あらためて気づかされました。ささやかな日常の一瞬一瞬に、時の重なりがふと顔をのぞかせる——。そんな豊かさが、この住まいにはそっと息づいていました。